★ シリーズ 高岡中学校の歴史 6-3
- 公開日
- 2025/05/18
- 更新日
- 2025/05/18
高岡中の歴史
令和8年度に創立80年を迎える本校。
これまでの歴史を振り返りつつ、これからの高岡中学校の発展に向けて一緒に考えていけたら幸いです。
■ 高岡中の歴史 【その6】-2
*高岡中学校開校2年目
昭和23年度(1948年〜1949年)
校長:加藤 倉次郎 校長(初代)
生徒数:891人(男子:484人 女子:407人)
教員数:18人
▶ 学校のうごき
・5月 父母教師会発足
名誉会長:石川氏、会長:近藤氏就任
・6月 修学旅行:鳳来寺山(男女別)
・7月 臨海実習:玉津浦
・8月 伊吹山登山(3年有志)
・9月 果樹園開墾、学区別父母教師会懇談会
映画鑑賞:若林座「暗黒街の天使」
・10月 効果発表、農事試験場見学(3年)
・11月 第1・2棟竣工式
移転作業(昭和時代の4・5棟)
校内写生大会、校内競書会
・12月 第一師範生徒地方実習受入
・1月 運動場拡張工事完成
・2月 新築落成祝賀文化祭
(学芸会、展覧会、演芸会、バザー)
▶ 地域のうつりかわり
・4月 第1回愛知県復興宝くじ発表
拳母西高、拳母東校、猿投農林高校に改称
・5月 名鉄豊橋〜審議俯瞰運転開始
高岡村各学区に社会学級開設
高岡村内永年勤続教員表彰式、高岡公民館設立
・10月 高岡中学校新築落成
(現農協のある場所より現在地へ移転)
・11月 愛知県教育委員会発足
高岡青年学級開設
・12月 中日スタジアム会場
▶ 日本のできごと
・4月 サマータイム制採用
・5月 美空ひばり横浜国際劇場でデビュー
・6月 教育勅語廃止、福井大地震
・7月 国民の祝日決定
・8月 プロ野球初ナイター(巨人対中日)
・9月 アイオン台風
・10月 内閣総辞職、第二次吉田内閣成立
・12月 極東国際軍事裁判判決
・1月 法隆寺金堂火災
・2月 第三次吉田内閣成立
▶ 世界のできごと
・4月 中華人民解放軍東征続く
欧州経済協力機構条約調印
イスラエル、ユダヤ国家成立宣言
・6月 ベルリン封鎖 コミンフォルム、ユーゴを除名
・8月 大韓民国成立
・9月 朝鮮民主主義人民共和国樹立
ソ連を中心にコメコン設置
トルーマン後進地域開発計画発表
蒋介石国府総統を引退
この年に関わる方が残した記録を紹介します。
「校歌制定の思い出」 都築 孝男 氏(本校校歌の作詞者)
昭和26年当時をふりかえると、高岡中学校も開校5年目を迎えて、学校の基盤固めも進み、校風や伝統作りに励んでおられたことを思い出します。校歌作りもその一環の事業として進められました。
逢妻川の流れにうるおされた高岡の土地に住み、この中学校に学ぶ人たちが、いつまでも歌い続けていくりっぱな校歌を作りたいとの願いで、地域住民をはじめ広く一般に歌詞の募集が行われました。
そのころ、私も一職員として本校に奉職しておりましたので、このことを大変うれしく思って、ひそかに歌詞を温めてみました。やがて募集が締め切られる期日が来ましたが、自分ではいろいろと想を重ねたつもりですが、記名で投票する自信がありませんので、無責任でしたが無記名で応募いたしました。
募集委員会では慎重な手続きで、各作品について応募者の名前を伏せて審査をされました。いよいよ入選歌詞の決定という段階で応募者を照合された結果、無記名作品とわかり、作者の詮索が行われ始めましたので、不作ながら私の作詞である旨を申し出た次第です。はからずも、こうしたいきさつを経て詞の決定をみたのですが、こんなことになるのなら、もっとすっきり、堂々と記名で応じるべきであったことを今もって後悔しています。
作曲は愛知学芸大学教授の永見貞三先生に依頼されましたが、打ち合わせのため数回大学へ出向きました。作曲にあたって先生がいちばん苦労なさったのは、曲の後半で二部合唱になるところでしたので、何種類ものメロディーを何回も弾いて聞かせてくださいました。当時永見先生は数校の校歌を手がけておられましたが、高岡中学校の校歌がいちばんよいできばえだと、ご満足のようすでした。
緑の茂る校舎で、大勢の生徒諸君によって声高らかに歌い続けられていくことを思い、大変感慨深く感じます。
*掲載文を若干編集して紹介しています。
*『高岡中学校 創立30周年記念誌』より
▶ 掲載写真の紹介
・上…当時の3年1組
・中…当時の3年2組
・下…当時の3年3組