3月11日 東日本大震災
- 公開日
- 2026/03/11
- 更新日
- 2026/03/11
校長室から
2011年3月11日、午後2時46分日本観測史上最大となるマグニチュード9.0の巨大地震が東北地方で起こりました。大きな大きな津波を伴い、未曽有の自然災害となりました。さらに福島第一原子力発電所が津波の影響で、全電源が落ち、メルトダウンが発生しました。放射性物質の流出にともない、地域の方は15年経った今でも自宅に戻ることができていません。
こういった自然災害に見舞われたとき、励みになるのが支援です。東日本大震災のときも、食料や衣服、毛布、寄付など日本各地から送られました。芸能人の方、飲食店経営者のなかには非公表で「炊き出し」に行く方もいました。日本だけに留まらず、海外からも支援が届いていたので、いくつか紹介をします。
1 台湾からの支援
震災発生後、台湾はどの国よりもはやく救助隊を派遣し、200億円を超える義援金を日本に送ってくれました。寄付の多くはテレビのチャリティ番組で一般の方から寄せられたものでした。「昔、台湾で地震があったときに日本人が助けてくれた恩返しだ」と口々に語り、今も日台の強い絆となっています。
2 トルコ救助隊の捜索活動
トルコも震災発生直後から救助隊(約30名)を派遣してくれました。多くの国が宿泊施設に泊まり、救助や援助をするなか、トルコ隊は持参のテントで生活を送りました。多賀城市や七ヶ浜町で活動したのですが、彼らは3週間現地に留まり、「困った時はお互い様だ」と地元の被災者を勇気づけました。部隊の方は「1999年トルコで起こったイズミット地震の際、最も早く駆けつけてくれた国が日本だった、その恩返しに来た」と話しています。(日本はこの時、仮設住宅500戸を海上自衛隊の艦船でトルコに届けています)
3 アメリカによるトモダチ作戦
アメリカ軍が行った大規模な災害救助、復興支援「トモダチ作戦」では、約2万人の軍人が投入され、孤立する被災地への食糧輸送、瓦礫に埋まった仙台空港の復旧を行いました。米兵が泥まみれになりながら、被災者と一緒に作業し、子どもたちに笑顔で接する姿は、軍隊の枠を超えた「一人の友人」としての温かさを感じるものでした。
人間って思いの通じ合わせることができる素敵な生き物だと思いませんか?