3年間ありがとうございました。![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 私が、本校に赴任して3年がたちました。 これで退職となりますが、猿投中学校での勤めは、教師生活の総まとめとして充実した学校づくりができた3年間となりました。若いころ勤めたこともある思い出深いこの猿投中学校で教師を終えることができたことを、何よりも幸せなことと感じています。 (#^.^#) 明るく元気でたくましい生徒のみんな、支えていただいた先生方・保護者・地域の皆様に感謝します。 本当にありがとうございました。 m(__)m 猿投中学校が、ますます素晴らしい学校として成長・発展することを願っています。 板倉 修 素晴らしい卒業式でした。![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 式では、全校生徒の3年生の素晴らしい合唱で会場中の人々を感動させてくれました。 目指してきた合唱の響き渡る学校、生徒たちは素晴らしい力を発揮しました。 生徒の式に臨む姿は、まさに凛としたもので、気持ちのこもった送辞、答辞も参加者の心にしっかりと届きました。 育ってきた生徒の力、先生方の準備、保護者と来賓の皆様の心からの祝福が実を結んだ式でした。 3年生も、本当にたくさんの来賓の皆さん、保護者の皆さん、そして、在校生と職員に見守られて晴れ晴れとした笑顔で卒業していきました。 卒業生が、新たな道をしっかりと歩み続けてくれることを信じています。 卒業おめでとう。 私の式辞です。 東日本大震災が起きて3年がたちました。先生は、3年前から福島県の花屋さんと酒屋さんから時々買い物をしています。 アレンジフラワーやお酒を買うんです。 まだまだ復興はされていません。時と共に記憶は薄れがちになりますが、震災のことを忘れないで、自分にできることを続けていきましょう。 今日、いつもの校舎で卒業式を迎えることができる私たちは、本当に幸せです。 99名の卒業生の皆さん、3年間の学びを終え、無事卒業できる喜びをかみしめてください。 卒業、おめでとう。 保護者の皆様、この3年間、多くのご苦労があったと思いますが、立派に成長したお子様の御卒業、本当におめでとうございます。 来賓の皆様、お忙しい中、卒業式にご参列いただき誠にありがとうございました。 いつの日か地域の担い手として活躍してくれるであろう卒業生に、さらなる支援をお願いします。 さて、卒業生の皆さん、中学1年生の思い出といえば、なんといっても宿泊学習で雨の中を25km歩いたことですね。 朝からかなり強く振っていましたが、初めの会で先生は言いました。 「この雨は、10時にはやみます。」 いろいろ調べてこの雨はやむだろうと判断し、ウォーキングを決行しました。しかし、その雨は午後まで降り続いてしまいましたね。申し訳ないことをしました。 でもあのとき、ウォーキングをやめてバスで行ったとしたらどうだったでしょうか? 苦しくてもみんなと共にやり抜くという経験ができなかったとしたら。 雨の中のウォーキング、大変だったと思いますが、中学校生活の土台となった、意味のある活動であったと思います。 あれから3年間、皆さんはたくさんのことを学び、実践し、成長してきました。長い人生の中のたった3年ですが、人としてとても重要なことを考え、体験し、身につけてきた3年間だったと思います。 皆さんが、核となってがんばった第33回学校祭。 リーダーが書いた感想にこんな言葉がありました。 「初めは、なかなか思うようにチームをまとめられず、やめたいと思うこともたくさんありました。でも、そんな時、チームのみんなが、私を支えてくれたおかげで、私は最後までやりぬくことができました。」、「リーダーとして本当に頼りない自分だったのですが、チームのみんなは、こんな僕に一生懸命ついてきてくれました。本当に感謝しています。」 チームの仲間に対する感謝の気持ちがあふれています。自分はやりきったぞ!という自信に満ちた充実感の言葉ではなく、みんながいたからできた、うまくいかず苦しいこともたくさんあったけど、みんなが助けてくれたから、力を合わせて頑張ってきたからできた、そういう言葉ばかりでした。 人に迷惑をかけたくない!自分だけの力で何とかするぞ、とかたくなに思い込むより、人は人と助け合って生きているのだから、周りの人に感謝してともに進もう、そういう心が本当に大切ですね。そのことをしっかり学んでくれました。 学校祭は何のためにやるのか、合唱の魅力は何か、キャリア学習で何を学んだらいいのか。 これらの活動は、強い責任感と温かい思いやりの心を高めるためにあるのです。 人として大切な人格を身につけるためにあるのです。みなさんは、大きく成長しました。 もちろん、いいことばかりではなかったでしょう。うまくいかなかったことも、いやな思いをしたことも、できなかったこともあったと思います。でも、大丈夫です。過去は変えられないけど、未来は創ることができるんです。 東京オリンピックが決まるプレゼンで、佐藤まみさんが次のような内容のスピーチをされました。 『19歳のときに私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もやっていました。また、チアリーダーでもありました。 そんなとき、足首に痛みを感じ、骨肉腫であることが分かりました。そして、たった数週間のうちに足を失ってしまったのです。 その過酷な状況に私は絶望のふちに沈みました。でもそれは大学に戻り、陸上に取り組むまでのことでした。 私は目標を決め、それを乗り越えることに喜びを感じ始めたのです。そして、新しい自信が生まれたのです。 私にとって大切なことは、私が持っているものであって、失ったものではない、ということに気づくことができたんです。しかし、立ち直った私に再び試練が訪れました。 2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲ったのです。家族の無事がわかるまでの6日間の私の苦しみに比べたら、多くの被災者の深い悲しみは計り知れません。 私はいろいろな学校からメッセージを集めて故郷に持ち帰り、私自身の経験を人々に話しました。食料も持っていきました。他のアスリートたちも同じことをしました。私たちは一緒になってスポーツ活動を準備して、自信を取り戻すお手伝いをしました。そのとき、私は初めてスポーツの真の力をまの当たりにしたのです。スポーツには、新たな夢と笑顔を育む力、希望をもたらす力、人々を結びつける力があるのです。』 佐藤さんは、帰国後「夢は続く」と色紙に記しました。大きな二つの困難を乗り越えた佐藤さんを支えたのは、「失ったもの、自分にないものを嘆くのではなく、もっているものをいかに高めていくか」という夢に向かって歩み続ける強い信念でした。 人によって技術や能力の差はあります。でも人格を高めることに差はありません。 どこに進学したか、どんな職に就いたか、ではなく、佐藤さんのように夢を持ち続け、仲間と力を合わせ、助け合い、信頼される人になろうと努力することが大切なんです。 大丈夫です。みなさんならできます。この素晴らしい猿投中学校で3年間学んできたのですから。 共に歩んできた後輩、支え励ましてくれた仲間、育ててくれた君たちの先輩、先生方、地域のみなさん、そして、家族への感謝の気持ちを忘れず、夢と希望を持って新たな道を歩み始めてください。 卒業、おめでとう。 猿投中学校 校長 板倉 修 数学の授業です。![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 1時間目は、宇宙の歴史からなぜ数学を学ぶのかを考える授業。 2時間目は、負の数と負の数をかけるとなぜ正の数になるのかから、数学のやり方だけでなく意味を理解することの大切さを伝える授業。 3時間目は、確率の正しい意味の理解と量や数の歴史から、数学は人類の歴史の中で創り上げてきたものであること、数学を学ぶ意義について考える授業。 目標は高かったのですが、いかんせんブランクと力量不足で十分にできませんでした。それでも生徒たちは真剣に授業に参加してくれました。 ありがとう。 (#^.^#)
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